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東京地方裁判所 平成7年(ワ)253号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、七五〇万円及びこれに対する平成七年二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

主文第一項同旨

第二  事案の概要

一  原告主張の請求の原因

1 乙山ハナは、同人名義で被告水戸支店に貸付信託三〇〇〇万円(償還日平成四年六月五日。以下「本件貸付信託」という。)を有した。(当事者間に争いがない。)

2 乙山ハナは、平成三年四月二七日、死亡した。(当事者間に争いがない。)

3 乙山ハナの相続人は、同人の甥・姪である原告外一一名であり、原告の法定相続分は四分の一である。(甲第一ないし第四六号証により認められる。)

4 乙山ハナの遺産である本件貸付信託の寄託金返還請求権は、各相続人に法定相続分に応じて分割して承継されたので、原告は、被告に対し、七五〇万円の寄託金返還請求権を有する。

よって、原告は、被告に対し、右七五〇万円及びこれに対する平成七年二月三日(本件訴状送達の翌日)から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  争点

原告は、単独で、被告に対し、本件貸付信託の寄託金返還請求権のうち法定相続分に応じた七五〇万円の支払を請求することができるか。

(被告の主張)

1 銀行の預金者等が死亡して共同相続が生じた場合、被相続人が有した銀行に対する預金払戻請求権等の支払請求権について、遺産分割前は相続人全員の同意に基づいて相続人全員に一括払戻がされる取扱いが銀行実務であり、事実たる慣習である。

2 原告外一一名の相続人は、平成四年七月二二日、被告に対し、相続届を提出して、本件貸付信託の寄託金返還請求権について相続人全員で払戻を受けることを確約した。

3 相続人全員で払戻を受けることを確約したところ、右相続人中に意思能力のない者が含まれていたり、一部の相続人が欠けていたりしても、原告自身は、相続人全員で払戻を受けることを確約したので、右確約の無効を主張することはできない。

4 相続人全員が銀行に対し相続人全員で払戻を受けることを確約した場合、相続人全員によらなければ、右確約を撤回することはできない。

5 銀行の預金者等が死亡して共同相続が生じた場合、被相続人が有した銀行に対する預金払戻請求権等の支払請求権について遺産分割前は各相続人の共有となるが、この共有は、各相続人が当然に法定相続分に応じた持分を有する民法二四九条以下に規定する共有とは異なり、遺産全体に対して法定相続分に応じた抽象的な権利義務を有するにとどまると解すべきであるので、各相続人が単独で銀行に対して法定相続分に応じた部分の支払を請求することはできない。

第三  争点に対する判断

一  銀行の預金者等が死亡して共同相続が生じた場合、被相続人が有した銀行に対する預金払戻請求権等の支払請求権について、遺産分割前は相続人全員の同意に基づいて相続人全員に一括払戻がされ、各相続人は単独では各相続人の法定相続分に応じた部分の払戻も請求できないとする事実たる慣習があると認めることはできない。また、銀行の預金者等が死亡して共同相続が生じた場合、被相続人が有した銀行に対する預金払戻請求権等の支払請求権について遺産分割前は各相続人の共有となるが、この共有は、各相続人が当然に法定相続分に応じた持分を有する民法二四九条以下に規定する共有であり、遺産全体に対して法定相続分に応じた抽象的な権利義務を有するにとどまると解することはできない。

二  《証拠略》によれば、被告に対し相続届を提出して、本件貸付信託の寄託金返還請求権について相続人全員で払戻を受けることを確約した乙山ハナの相続人である原告外一一名には、丙川松子が含まれていることが認められるが、《証拠略》によれば、丙川松子は、昭和六〇年一月二一日から精神分裂病で医療法人丁原病院に入院中であり、遺産分割の協議をすることができる病状でないことが認められるので、前記相続届及び確約は、丙川松子の意思に基づくものではないことが推認されるというべきである。従って、相続人全員が被告に対し相続届を提出して、本件貸付信託の寄託金返還請求権について相続人全員で払戻を受けることを確約したとの被告の主張は、更に論ずるまでもない。

三  原告が少なくとも単独で被告に対し相続人全員で払戻を受けることを確約したと解しても、原告は右確約を撤回する趣旨の主張をしているので、原告が一旦確約をしたことは、原告が本件貸付信託の寄託金返還請求権のうち法定相続分に応じた七五〇万円の支払を請求することを何ら妨げるものではない。

第四  結論

原告の被告に対する本訴請求は、被告の主張が採用できないので、理由があり認容することとする。

(裁判官 大島崇志)

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